岡山 歴史の流れからコロナ社会を読み解くシンポ、岡山大開催
新型コロナウイルスの流行を、歴史の流れから読み解くと新たな未来が見えてくる――。岡山大が14日に岡山大学創立五十周年記念館(岡山市北区)で開いたシンポジウム「パンデミックと文明」では、感染症、歴史、社会学の専門家4人が話し合った。コロナ禍のなか、私たちはどこに向かうのか。未来へのキーワードとして浮かんだのは「新しい近接性」だった。
長崎大熱帯医学研究所の山本太郎教授(国際保健学)が基調講演「Withコロナ時代の見取り図」で言及した。
「新しい近接性」とは。山本教授によると、新型コロナ対策として提唱された「新しい生活様式」で一気に進んだ孤食やテレワークなど「顔を合わせない」社会の中で失われた「近しさ」をこれまでとは違う形で確立すること。社会的距離を取りつつ、人とつながる「近しさ」と「共感性育成」のあるべき姿を探るべきだという。その上で「特定の集団内だけの共感性を高めることは、他集団の排除や差別につながる。自分と違う人たちとどう共感を育んでいくかを考える必要がある」と強調した。
岡山大「文明動態学研究所」の松本直子所長(ジェンダー考古学)はこの考えの重要性に賛同。「他人と食べ物を分け合うのが人間の特性。『共食』が共感を育み、社会を形成する鍵となってきた」と話した。そして「ハンセン病患者に対する隔離政策などの経験から、私たちは誰もが人間らしく生きる権利があるとの認識にたどり着いた。ここをコロナを巡る差別が脅かしている」と指摘した。
このシンポジウムは会場とオンライン併用で開催。約150人が参加した。内容は動画サイトで公開している。問い合わせは文明動態学研究所(ridc@okayama-u.ac.jp)へ。
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基調講演に続き、岡山大の今津勝紀教授(日本古代史)は古代日本の疫病対策について報告した。古代日本では約10万人が数キロ四方に住む都市が形成され、そこに地方から租税を運ぶ活発な人の往来があったと説明。同時に、疫病の流行が始まり「人口集中と交通が、疫病の流行を生んだ」と紹介した。
松岡弘之講師(日本近現代史)は国立ハンセン病療養所の自治会活動について報告。「社会システムの防衛のため、患者らの人権が侵害された」と指摘した。
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山本太郎・長崎大熱帯医学研究所教授の基調講演「Withコロナ時代の見取り図」の要旨は次の通り。
新型コロナウイルスは、もはや根絶できないというのが世界共通の認識。では、私たちはどう向き合うのか。
近代微生物学は「病気を起こす病原体を見つけ、それをなくすことで治療する」という姿勢で進んできた。しかし、ヒトの体内には約100兆個、重量にして2キロにもなる微生物が常在して巨大なネットワークを確立しており、ヒトの健康や環境適応に何らかの役割を演じている可能性があることが分かってきた。微生物は果たして「倒すべき敵」なのか、という疑問がわき起こる。
新型コロナのパンデミック初期、世界の多くの指導者やマスメディアは「ウイルスとの戦争」に例えた。だが私は違和感を覚える。
何かを倒すのではなく、私たちの守るべきもの、例えば命であり、生活を「守る」ことに注視すべきだろう。21世紀の感染症対策は「戦い」ではなく「共生」を中心にした構築が必要だ。
麻疹など急性感染症の流行には、一定規模の人口が必要だとこれまでの研究で明らかになった。農耕・定住という文明が興って初めて、流行が可能になったのだ。感染症流行によって、人類は多くの困難に見舞われたが、一方で社会変革の先駆けとなるという側面もある。
中世欧州のペスト禍では甚大な人的被害のため、労働者の賃金が上昇して荘園の崩壊につながり、人材登用も進んだことでルネサンスが開花した。
コロナ禍では、社会のIT(情報技術)化が一気に進んだ。パンデミックがなければ、この動きは10年は遅れていただろう。だが、ITは手段であって目的ではない。ITを使ってどんな社会を作るのか。
学校の授業や職場の会議、会食など、共感を育む場がオンライン化される今、「新たな近接性」の確立が必要だ。「集中と分散」が鍵になるだろう。各人が自宅で一日中テレワークをするのではなく、「分散の拠点」をうまく作る、というイメージだ。
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〈文明動態学研究所〉 4月1日に開所した岡山大初の人文社会学系研究所で、開所記念の催しとして今回のシンポジウムを主催した。活動目標は、「文明」の多面的な読み解きと、持続可能な社会の構築。松本直子所長は、考古学から経済学、哲学など分野と時間を超えた「知」を集結する場にしていくという。