渡辺和子さん死去に哀惜の声 岡山
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信仰心と人間愛に裏打ちされた言葉は、やがて社会の道しるべとなった。半世紀にわたり第一線で女子教育の発展に尽くしたノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さん。年齢や立場、宗教観を超えて多くの人に慕われてきただけに、年の瀬の悲報には各方面から哀惜の声が上がった。 「『岡山の宝』とも言える存在。良識、情愛のシンボルだった」 50年来の交流がある黒住教(岡山市)の黒住宗晴教主(79)は「2014年に黒住教立教200年の記念対談を快く引き受けてもらうなど、宗教の垣根を超え、かけがえのない時間をともに過ごさせていただいた。残念でならない」と嘆息した。 学園が運営するノートルダム清心女子大の学長、理事長を半世紀余り務め、女性の進学率向上や私学振興に貢献。昨春には旭日中綬章を受章し、祝賀会を企画した同大同窓会の横溝洋子会長(60)は「大変慎み深く派手な式典を嫌がられたのが印象的。誰に対しても律儀で腰の低い方だった」と振り返った。 同大卒業生で児童養護施設・岡山聖園(みその)子供の家(同)施設長の則武直美さん(53)は「仕事で悩んだ時は教えを心の支えにしてきた」。9月に施設職員の研修で講師に招いた際も、1984年のマザー・テレサ来岡で通訳を務めたエピソードなどを楽しそうに語ったという。 社会福祉法人・旭川荘(同)の末光茂理事長(74)は同じカトリック教徒の縁もあり、2015年に亡くなった前理事長の江草安彦氏とともに親しく交流。渡辺さんのロングセラー「置かれた場所で咲きなさい」について「人間味と包容力にあふれる人柄そのままの内容で、悩み多い現代の指針ともなった。江草前理事長の死と併せ、ひとつの時代が終わったと感じる」と話した。 岡山経済同友会の松田久代表幹事も同書に触れながら「急なことで驚いている。著書の言葉通りの生き方は、社会で活躍する女性の指針として語り継がれることでしょう」と語った。 渡辺さんの父・錠太郎が凶弾に倒れた二・二六事件で刑死した安田優(ゆたか)少尉の弟・善三郎さん(91)=神奈川県葉山町=は、五十回忌の法要以来、交流を続けていた。「法要で初めてお会いしてから人生観が大きく変わり、地元の教会でカトリックの洗礼を受けた。人を許すことを教えていただいた感謝は言い尽くせない」 苦しい経済環境で学んだ父への思いから、昨秋には渡辺錠太郎記念教育基金を設立した。岡山県教委の竹井千庫教育長は「県教育の充実発展にご尽力をいただいた。突然の訃報に驚いている。これまでの多大な功績にあらためて敬意を表し、心より冥福をお祈りしたい」と悼んだ。■人々に深い感動 伊原木隆太・岡山県知事 ノートルダム清心女子大の学長・理事長として、一貫してキリスト教精神に基づく女子教育に献身された。困難を乗り越えてきた経験に基づく愛に満ちた言葉で、多くの人々に深い感動を与えられた。心よりご冥福をお祈り申し上げます。■遺志忘れず前進 高木孝子・ノートルダム清心女子大学長 教育と学問研究に心を尽くされ、人格形成に全力を注がれた。学園が今あるのもシスター渡辺の生涯をかけての情熱と尽力のおかげ。ご遺志を忘れることなく、しっかり一歩一歩前進していきたい。

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渡辺和子さん安らかに

 ノートルダム清心学園(岡山市北区伊福町)理事長の渡辺和子さんが30日、89歳で亡くなった。〈神は決してあなたの力に余る試練は与えない〉。キリストのこの言葉を心の支えに信仰と教育に身をささげ、縁もゆかりもなかった岡山の地で女子の高等教育や私学振興に貢献してきた。 人を魅了する優しいまなざしからは想像し難い、壮絶で波乱に満ちた人生だった。 陸軍教育総監の父が目の前で凶弾に倒れた二・二六事件は9歳の時。長じてカトリックの洗礼を受け、米国留学を経て、36歳の若さでノートルダム清心女子大の学長に抜てきされた。それから半世紀余り。学長を27年間務め、1990年からは同学園の理事長の職に就く。若い時は責任の重さに押しつぶされそうになりながら、年を重ねてからは自らの病や老いと向き合いながら人の心に寄り添ってきた。 「人生は思い通りになりませんよ」。最後まで立ち続けた教壇から、ひ孫ほど年の離れた学生たちに試練に立ち向かうメッセージを穏やかに、しかし、きっぱりと伝えてきた。渡辺さんの母の教えでもあったという。 どんな苦境にあっても、そこから逃げてはいけない。境遇を選ぶことができなくても、人にはそれに向き合う生き方を選ぶ自由がある。今いるその場所が、あなたの咲くべき場所―。自らの内面を素直につづったエッセー集「置かれた場所で咲きなさい」が200万部を超えるロングセラーになったのは、平明な言葉の一つ一つが、苦難を抱きしめるようにして生きてきた渡辺さんの揺るぎない信念に裏打ちされていたからだろう。その生き方は多くの人々の共感を呼んだ。 昨春、旭日中綬章を受章した際の記者会見の光景が思い出される。 「私にとっての宝は学生たち。学生の前(教壇)で倒れることができたら…それが私の一番の願いです」。メモを取りながら「倒れる」という言葉が胸に引っ掛かった。生涯現役を貫く思いは何度か聞いていたが、こんなにストレートな言い回しは初めてだったからだ。その時の違和感のようなものがいま、突然の訃報に接してよみがえってくる。 あの時にはもう、人生の残り時間を意識していたのかもしれない。 昨秋、著書の印税で高校生に奨学金を給付する「渡辺錠太郎記念教育基金」の創設を発表した時もそうだった。最愛の父の名を基金に冠したのも、二・二六事件から80年の節目に心に期す何かがあったように思われる。 2015年2月から11月まで山陽新聞朝刊に計63回連載した企画「強く、しなやかに 渡辺和子と戦後70年」の取材で、1年近くにわたってインタビューをさせていただいた。そのメモを繰りながら思い出があふれてくる。とりわけ両親の思い出を語る時の渡辺さんは印象深かった。 米国留学へ船で旅立つ自分を紙テープを握り締めて見送る母。「映画のワンシーンのようでしょう」。一枚の写真を見つめるその表情は少女のようだった。 シスター、安らかにお眠りください。
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岡山 「子どもらの人格形成に全力」 渡辺和子さん死去

ノートルダム清心学園(岡山市北区)の渡辺和子理事長の死去に関し、同女子大の高木孝子学長は「故シスター渡辺和子理事長は、27年の長きにわたり学長を、その後今日まで理事長として本学園のために献身的にご尽力なさいました。学園に学ぶ学生・児童・園児一人ひとりが、現代社会に貢献できるよう心を尽くされ、人格形成に全力を注がれました」という談話を発表した。

 また伊原木隆太知事も「数々の困難を乗り越えられてきたご経験に基づく愛に満ちた言葉を多くの人々にお伝えいただきました。改めて感謝申し上げます」とのコメントを出した。



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