岡山空襲犠牲者悼み祈りささげる    (岡山空襲の日、戦没者悼む  1945年6月29日午前2時43分)

 
 岡山空襲から72年の節目を迎えた29日、ノートルダム清心女子大(岡山市北区伊福町)で、空襲の犠牲者らを追悼する集いがあり、学生や職員ら約80人が祈りをささげ、平和の尊さを胸に刻んだ。 岡山空襲で同大は白亜の校舎外観に墨を塗って焼失を免れたが、前身の女子専門学校などの学生や生徒14人が犠牲になった。惨禍の歴史を学生らに語り継ごうと同大が初めて企画した。 聖堂で、学長の原田豊己神父が「世界中に不穏な空気が流れている。人が人を大切にする尊さを大学から発信しよう」とあいさつし、全員で平和を願う祈りを唱和した。戦時下の学内の状況を伝えるスライドの上映、校舎に墨が塗られた経緯に関する講話もあった。墨が部分的に残る外壁の見学もした。 4年女子学生(21)は「校舎が塗り替えられたエピソードは衝撃的。歴史を学び、平和の守り手としての自覚を持ちたい」と話した。


///////

岡山  ノートルダム清心女子大で「平和の祈り」

 ノートルダム清心女子大(岡山市北区)は学内の聖堂で「平和への祈り」を開き、教職員と学生約80人が祈りを捧げた。岡山空襲で、同大の校舎は難を逃れたが、生徒・学生14人が犠牲になった。

 学長の原田豊己神父は「今、私は平和が脅かされる危機感を持っている。平和を保つことがいかに困難になりつつあるか。その思いをこの大学から発信していきたい」と話し、参加者全員で「憎しみのあるところに、愛を。いさかいのあるところに、ゆるしを」などと訴える「平和を願う祈り」を唱えた。

 続いて、教師だった外国人シスターへの迫害や、爆撃を避けるために白亜の校舎を油性塗料で黒く塗りつぶしたことなど戦時中の苦難をたどるスライドを上映し、暗い時代の記憶を参加者で共有した。
///////


岡山 岡山空襲の日、戦没者悼む


 1945年6月29日午前2時43分、岡山の市街地に138機の米軍爆撃機が飛来。焼夷弾(しょういだん)の雨を降らし、市街地の6割が焼け、少なくとも1700人が命を落とした。「岡山市平和の日」と定められた29日、犠牲者を悼み、平和を祈る催しが開かれた。

 岡山市民会館では、市主催の戦没者追悼式が開かれた。第2次世界大戦で命を落とした市民の遺族や小中学生ら約1600人が参列し、哀悼の意を表すとともに平和を祈った。

 大森雅夫市長らが、戦争で犠牲になった一般市民1460人の名簿を奉納した。名簿は情報があれば更新し、市で保管する。今年は新たに名前が判明した7人を加えた。その後は、遺族代表や生徒代表が追悼の言葉を述べ、順々に花を捧げた。


///////