トヨタがEVシフトに見せる尋常ならぬ危機感 次世代のキーワードは「CASE」


CESで豊田章男社長は、「競争相手はもはや自動車会社だけではなく、グーグルやアップル、フェイスブックのような会社もライバルになる」と語った.

今年1月に行われた世界最大のエレクトロニクスショー(CES)に初めて登壇した豊田章男社長は、「車をつくる会社からモビリティの会社へ変えることが私の目標だ」と宣言した。

自動車産業は今、大きな転換期にある。次世代のキーワードは「CASE」。Cはコネクティビティ=通信と車の接続、Aはオートノマス=自動運転、Sはシェアリング=共有サービス、Eはエレクトリックモビリティ=電動化の略だ。これらの大波が一気に押し寄せることで、自動車ビジネスは新たな競争のフェーズに入っている。

こうした状況に豊田社長も危機感を募らせており、昨年11月に発表した役員人事のリリースでは、「自動車業界は100年に1度の大変革の時代に入った。次の100年も自動車メーカーがモビリティ社会の主役を張れる保証はどこにもない。勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬかという瀬戸際の戦いが始まっている」とした。



名だたるIT企業の強者たちが集まるCESに初登壇した豊田社長の心には、彼らへの畏怖と自動車業界を今後もリードするという決意が入り交じっていたかもしれない。

3月5日発売の『週刊東洋経済』は、「トヨタ 生存の条件」を特集。次の100年に向けて大変革に動き出したトヨタの新たな展開やCASEの最前線を分析した。次世代開発のキーマンで、今回インタビューに応じたトヨタの寺師茂樹副社長(先進技術開発カンパニー・プレジデント)は、「足元では異業種によるイノベーションが起こっており、従来の延長線上に答えはないかもしれないという危機感がある」と率直に語っている。

オールジャパンでEVの新会社を立ち上げ
あるトヨタ幹部が「全部つながっている。振り返って見てもらえれば分かる」と言うのは、昨年来のEV(電気自動車)戦略の強化だ。

手始めとなったのが、トヨタが昨年9月にマツダ、デンソーとともに設立したEVの基盤技術開発の新会社「EV C.A.Spirit」(EVCAS)だ。ここには、トヨタ18人、マツダ16人、デンソー2人に加え、今年から4社(SUBARU、スズキ、ダイハツ、日野)が加わり、総勢約60人のエンジニアが集結した。複数の自動車メーカーやサプライヤーが開発初期の段階から協力するのは異例だ。


トヨタ副社長で先進技術開発カンパニーのプレジデントも今年1月から任された寺師茂樹氏。EVCASのトップも兼務する

EVCASで注目すべきは、規模がまったく違うマツダが、トヨタとほぼ同じ人数のエンジニアを派遣していること。EVは当初の販売台数が少ないとみられ、「トヨタは大量に同じモデルを売ることでビジネスをしてきたため、少量生産のノウハウがない。マツダは少量生産でビジネスを成立している。ぜひ学びたい」と、トヨタでパワートレーン開発を担当する安部静生常務理事は話す。EVCASの取締役は全員がトヨタ出身者だが、「EV共同技術開発リーダー」の役職を任されているのはマツダの藤原清志専務だ。

「新会社は2年限定。それで一区切りとしたい」。トヨタ幹部は各社にそう伝え、スピード重視の姿勢を鮮明にしている。少し前までトヨタ幹部は「EVを競って早く出しても仕方がない」としてきたが、ここに来て様変わりした。

車載電池大手のパナソニックからも力を借りる
続いて打ち出したのがパナソニックとの提携だ。


昨年12月に開いた車載電池の提携に伴うトヨタとパナソニックの記者会見。会見はトヨタ側の提案で行われた

「日本で生まれ育った両社が電動化の時代をリードしていく思いを形にしたものだ」

昨年12月13日の記者会見で、豊田章男社長はパナソニックの津賀一宏社長とそろって登壇。EVの「三種の神器」とされる電池、モーター、インバーターのうち、最重要となるリチウムイオン電池で世界最大手のパナソニックと提携した意義を強調した。

トヨタ内部では「世界の自動車メーカーが打ち出しているEVシフトは、電池の議論が完全に抜けている。数値目標だけいっても仕方ない」(幹部)との思いがあった。寺師副社長は「電池を制するものが電動化を制する。(パナソニックとの提携で)最後のピースが埋まった」と話す。オールジャパンの開発体制とパナソニックとの提携によって、完全にギアチェンジした格好だ。

そして足場固めと共に新たな将来目標もブチ上げた。それが、2025年頃までにエンジン車だけの車種をゼロにする「電動車普及に向けたチャレンジ」の公表だ。世界で販売する全車種をEV、HV、PHV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)から選べるようにする。

さらに2030年にはこうした電動車両を全販売台数の半分以上の年間550万台以上、そのうち排ガスをまったく出さないZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)といわれるEVとFCVを合計100万台以上販売する計画だ。車載用電池の開発や生産には実に約1兆5000億円を投資する。

中でもEVは2020年以降の中国を皮切りに、日本やインド、米国、欧州でも順次導入し、2020年代前半にグローバルで10車種以上に拡大すると発表した。これまでEVの用途を短距離移動のコミューターに位置付けてきたが、大型車まで品ぞろえを拡充し、実質的に方針転換する。

トヨタの電動化はあくまで全方位
もっとも、豊田社長は「トヨタは電動車のフルラインメーカー」としており、出遅れていたEVのピースを埋めたうえで、あくまで全方位で攻める方針は変えていない。

EV新会社をつくり、パナソニックとの提携で電池という最重要ピースを埋めたうえで、EV、HV、FCVなど電動車の将来目標をブチ上げる。それが、昨年の後半から立て続けに発表を行ったトヨタが描く戦略の全体像である。大々的な攻勢に出たかに見えるが、電動化はCASEの一要素でしかない。

CASEをめぐる主導権争いでは、自動車会社の源泉だったエンジンを中心とするハードウエアの高性能化を競う構図は崩れ、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)と呼ばれる移動の快適性や利便性に移る。キーとなるのはAI(人工知能)やデータを駆使するためのソフトだ。さらにはそれらを標準化したプラットフォームも重要になる。

そこで今回のCESでトヨタは「イー・パレット・コンセプト」を発表した。全長が4~5メートルの箱型のEV(写真)は、コネクティッドや自動運転技術を搭載。朝夕にライドシェアサービスとして人を乗せ、昼間は宅配などに使うことを想定している。他社の自動運転システムも載せられるようにするなど、MaaSで標準基盤づくりをリードしたい考えだ。


今年1月のCESで発表したイー・パレット・コンセプトに利用する箱形のEV(右)。豊田章男社長と共にパートナーである有力メーカーの幹部も複数登壇した(記者撮影)

トヨタは初期パートナーとして資本提携するマツダに加え、ライドシェア事業を手がける米ウーバー・テクノロジーズ、中国の滴滴出行、それにアマゾンを紹介。グーグルなどと並んでアマゾンは昨年の株主総会で新しいライバルとして名指ししていたが、音声認識のAIでも提携し、米国で発売する新型車に載せる予定だ。

ITの巨人を巻き込み次世代の覇権争いは混沌
大きなアライアンスを示したものの、まったく気が抜けない。ITの巨人たちはCASEのあらゆる分野で主導権を握ろうと動き出しており、次世代の自動車ビジネスをめぐる覇権争いが混沌としているからだ。

もっともトヨタのイー・パレットを主導したのは2016年に設立した米研究開発子会社「トヨタ・リサーチ・インスティチュート」(TRI)だ。頭脳集団を率いるのはAIの権威であるギル・プラット氏だ。1月からトヨタが新設した副社長級のフェローに昇格した。



トヨタは3月2日、東京都内にもTRI同様に自動運転開発などを担う新会社をデンソー、アイシン精機とともに設立すると発表した。最高経営責任者(CEO)はTRIのチーフ・テクノロジー・オフィサーを務めているジェームス・カフナー氏が就任する見通しだ。数年内に発足時の300人から1000人規模まで人員体制を増やし、英語を社内公用語にするという。

トヨタが今年に設定したテーマは「スピードとオープン」。パナソニックとの電池事業による大型提携は序章にすぎず、猛スピードで走り出したトヨタが新たな一手を繰り出す可能性は十分ある。自動車業界は概ね5年単位での時間軸が普通だが、IT企業のそれは比べ物にならないほど短い。

新たな時代に勝ち残るためには、敵か味方かを判断し、矢継ぎ早に手を打たなければならない。それが豊田社長の言う「生きるか死ぬかの戦い」を意味するところだろう。次世代の競争の中で巨艦はどこへ向かうのか。まさに海図なき航海が始まっている。

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「DAO」の世界 仮想通貨とブロックチェーンの歴史的意義を見誤ってはいけない

Decentralized Autonomous Organizarion(分散自律組織) - 価値の交換を含む社会活動を、既存の価値体系での信用を用いずに行う組織であり、ビットコインやその発展系の共同体を表す基本概念。もしくは、クラウドファンディングの世界記録を持つ「The DAO」のこと



野口悠紀雄氏(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問)



 仮想通貨取引所のコインチェックから約580億円相当の仮想通貨「NEM(ネム)」が不正に引き出された事件は、仮想通貨のリスクにあらためて注目を集める結果となった。2014年にもマウントゴックスという取引所で約470億円分のビットコインが消失した事件に続く今回の事件を見て、「やっぱり仮想通貨は危ない」との印象を強くした人も多かったにちがいない。

 確かに今回の事件の教訓として、取引所の管理体制やセキュリティの強化は急務だ。コインチェック以外にも杜撰なセキュリティ体制を放置している取引所が残っている可能性は否めない。また、仮想通貨の保有者は、通貨を取引所に預けっぱなしにしておくことに一定のリスクがあることも、この機会に知っておくべきだろう。

 しかし、この事件が仮想通貨やそれを支える「ブロックチェーン」という技術そのものに対する不信感や不安を生んでいるとすれば、それは残念なことだ。ブロックチェーンに詳しい野口悠紀雄氏は、今回の事件はコインチェックという一取引所の杜撰な管理体制が引き起こした問題に過ぎず、仮想通貨の信頼性は何ら揺らいでいないことを強調する。

 「現金輸送車が強盗に遭ったからといって、日銀券の信頼が揺るがないのと同じだ」と野口氏は語る。

 実際、仮想通貨NEMの規格を管理するNEM財団のロン・ウォン氏は、今回580億円分のNEMを流出させた取引所のコインチェックが、NEM財団が推奨しているマルチ・シグネチャ方式のセキュリティを採用していなかったことを指摘した上で、今回の事件でNEMのシステムは何ら影響を受けていないことを強調する。

 野口氏は仮想通貨は、インターネットの登場に匹敵する影響を社会に与える可能性があると語る。野口氏によると、インターネットは世界中のどこにでも瞬時に無料で情報を送ることを可能にしたことで、人類の情報伝達に革命的な影響を与えたが、2つの大きな壁があった。それは情報の信頼性と経済的な価値を送ることが難しいという2つだった。

 インターネット上で何かを買う際に、聞いたことのないサイトであれば、誰もが送金をすることを躊躇うはずだ。また、ネット経由で送られてきたメールなどの情報にも、なりすましの可能性など、常に信用の問題がつきまとう。それはそのサイトの信頼性をインターネットが保証できないからにほかならない。信頼性を担保させる方法としてSSL認証などの仕組みがあるが、その認証を得るためには高い費用がかかる。結果的に、Amazonのような既に信頼性が確立されている有名なサイトは多くの人に利用されるが、そうでないサイトは万人の信頼性を得ることが容易ではなかった。

 「これは世界がまだ本当の意味ではフラットにはなっていなかったということだ」と野口氏は言う。

 そして、そのインターネットの2つの弱点を克服する技術が、仮想通貨に使われているブロックチェーンという新しい技術なのだ。
ブロックチェーン

 ブロックチェーンは一言で言えば「電子的な情報を記録する仕組み」ということだが、記録の改ざんが事実上不可能という特性を持つ。記録が改変されないようにするために、ハッシュ関数という方法を使ってそこまでのすべての取り引きが記録され、それがP2Pというコンピューターのネットワークを通じて、その取り引きに関係したすべての人に共有されている。その過程で一ヵ所でも記録が変更されれば、ハッシュ関数はまるで違う文字列を形成してしまうため、改ざんされたことが一目瞭然になるというわけだ。

 ブロックチェーンによってインターネットの限界だった「信用」と「経済的価値の移転」が可能になると、新しい可能性が無限に広がってくる。それは単に情報伝達手段のみならず、会社の経営の方法や家電のIoTにも多大な影響を与えることになるだろうと野口氏は言う。

 それほどの可能性を秘めた仮想通貨やブロックチェーンという画期的な技術の進歩を、一取引所の杜撰な管理が原因で起きた事件のために遅らせるようなことがあってはならないと語る野口氏と、仮想通貨やブロックチェーンの可能性と、それがわれわれの社会に与える影響について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

野口 悠紀雄(のぐち ゆきお)
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問
1940年東京都生まれ。63年東京大学工学部卒業。72年エール大学経済学博士号取得。64年大蔵省(現財務省)入省。主計局、一橋大学教授、東京大学先端工学研究センター長などを経て2001年退官。スタンフォード大学客員教授などを経て05年より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、17年より現職。一橋大学名誉教授。著書に『ブロックチェーン革命』、『入門 ビットコインとブロックチェーン』など。

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参考
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