【岡山から伝えたい】残るか去るか、真備町住民の葛藤 移り住み半世紀、築いた「故郷」(生死の分岐点にも ハザードマップの周知が必要だ)


( 生活圏の「ハザードマップ」の確認と「ハザード行動」メモの作成・・・・ 「命を守るメモ」 )
「マップが身近なものと感じられるよう、作成時から住民の意見をよく聞くことが大切。(書き込んで学べる)ワークブック形式を採用するなど内容にも工夫が必要だ」


  200人以上の死者が出る「平成最悪」の水害となった西日本豪雨。被災地の地元メディアである山陽新聞社が被災者の胸のうちを伝える。西日本豪雨で被災した倉敷市の真備町地区には高度経済成長期から、水島工業地帯の発展とともに造成された住宅街がある。住民の多くがコンビナート企業に勤め、町外から移り住んだ。新たな土地で住民同士の絆を深め、半世紀近くかけて築いた「故郷」は豪雨被害にさらされた。住民たちは揺らいでいる。ここに残るか、別のまちに移るか―。

 真備町辻田。1970年代半ばに建てた前田光男さん(74)の自宅は天井まで水に漬かった。丹精したバラをめでるのが楽しみだった庭も濁流にのまれた。

 福岡県出身の前田さんは、倉敷市沿岸部の水島コンビナートで操業する化成水島(現・三菱ケミカル水島事業所)に就職し、真備町にマイホームを構えた。その頃は30代。周囲には同じように水島で働く子育て世代が多く、活力に満ちていた。

 退職後は一層、まちづくりに打ち込んだ。公民館を会場に、懐かしい歌謡曲やフォークソングを口ずさむ月1回の「歌声喫茶」をスタート。毎回100人ほどが集まった。この8月には、そろいの法被や浴衣を着て阿波踊りを楽しむ催しも計画していたが、水害で中止となった。

 被災後は妻と町外のアパートで暮らしている。自宅は取り壊して、さら地に戻すことも考え始めた。その一方で「骨を埋めるつもりだった真備に帰りたい。それを願ってくれている仲間もいる」と前田さん。葛藤の日々が続いている。


避難所の小学校体育館に身を寄せた住民たち。被災から1カ月以上が過ぎた今も、岡山県内では2千人以上が避難所生活を余儀なくされている=倉敷市真備町上二万、7月7日午前11時33分
 真備町地区は70年代、水島コンビナートの整備に合わせ、急速に宅地開発が進んだ。70年に1万2千人余りだった住民は10年後、2万人を突破した。

 中江輝子さん(74)は約45年間、同町有井の住宅団地で暮らしてきた。川崎製鉄(現・JFEスチール)に勤めていた夫が、水島勤務になったのを機に一戸建てを新築した。新興住宅地だった当時、子どもたちの元気な声が響き、親同士も仲良し。小学校の運動会は大いに盛り上がり、団地内の家族で度々、旅行を楽しんだ。

 「40年以上の付き合いがある友達もいて、楽しくて暮らしやすい町だった」。今は夫とともに避難所に身を寄せる。浸水した自宅を建て直す余裕はなく、総社市にアパートを確保した。

  水害発生から1週間後。金子繁造さん(80)=福井県出身=は、岡田小学校(真備町岡田)の避難所を出て、町外のコーポに移った。

 年に3回開かれる岡田地区の住民懇親会などでは趣味のハーモニカを演奏し、皆を楽しませた。そんな金子さんを見送ったのは森脇敏さん(77)。ともに川崎製鉄のOBだ。親しく付き合っていた2人は固い握手を交わした。

 「また酒を飲もう」

 森脇さんは同地区出身だが40年ほど前、実家の近くに自宅を建てた。歌声喫茶の中心メンバーの一人で、郷土史にも詳しく、戦中戦後に同地区へ疎開していた探偵作家・横溝正史の顕彰活動に力を入れていた。

 これからもずっと地域活動を続けていくつもりだった。豪雨がなければ…。

 浸水した自宅は取り壊し、福岡市に住む長女の元に身を寄せることにした森脇さん。「故郷」の仲間たちへの思いを語った。

 「残る人も、去る人も今はただ、前を向いて生きていってほしい」


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生死の分岐点にも ハザードマップの周知が必要だ

 なぜ、これほど甚大な被害になったのか、何が生死を分けたのか−。8日付朝刊に掲載された西日本豪雨に関するアンケートは、被災地で復旧作業などを取材する記者たちが、岡山県倉敷市真備(まび)町の3カ所の避難所で聞き取り調査した。避難行動に注目すべき違いがあった。 

 ハザードマップ(どの地域に、どの程度の被害が予測されるかを示す地図)を知っていた人は、大雨警報が出る直前から避難を始め、最初の避難指示が発令された時点では8割近くが避難していた。堤防決壊などで浸水した地域は、想定区域図とほぼ同じだったが、問題はハザードマップを知っていた人が半数にとどまることだ。

 どんなに正確な予測をしても、周知されなければ意味がない。ハザードマップに基づいて防災計画を立て、避難訓練を行い、避難路や避難所を目につくように表示しておきたい。災害はいつ起きるかわからないのではなく、いつ起きても不思議ではないと認識すべきだ。

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2015 0915


倉敷市洪水・土砂災害ハザードマップ (平成28年8月作成、平成29年2月更新)

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岡山 倉敷 真備 ハザードマップ 住民に浸透不十分  西日本豪雨

「マップが身近なものと感じられるよう、作成時から住民の意見をよく聞くことが大切。(書き込んで学べる)ワークブック形式を採用するなど内容にも工夫が必要だ」


  西日本豪雨を機に、浸水や土砂災害の危険箇所を示す「ハザードマップ」(危険予測地図)が住民に浸透していないという課題が浮かび上がっている。甚大な浸水被害が起きた倉敷市真備町地区でも認知度は低く、避難時に生かされなかったとの声が目立つ。同地区ではマップの予測と実際の浸水範囲がほぼ合致。国は各自治体に住民への周知徹底をあらためて要請している。 「マップは一度見たことがあるくらい。これまで避難した経験もなく、自宅は大丈夫だと思っていた」 倉敷市真備町地区で被災した男性(69)が話す。雨が激しさを増していた先月7日、自宅から周囲の様子を見ていたところ、水かさが一気に増して2階近くまで浸水。近所の住民からボートを借りて何とか避難した。

■予測とほぼ一致 山陽新聞社が真備町地区の住民100人に先月行ったアンケートによると、75%がマップの存在を知っていたが、内容を理解していたのは24%にとどまった。同地区の別の男性(79)も「配られたときにざっと見た程度」と打ち明ける。 倉敷市は2016年に洪水・土砂災害ハザードマップを改訂し、高梁川や小田川が決壊した場合の浸水区域や深さを程度に応じ色分けして表示した。今回の豪雨では同地区の3割に当たる約1200ヘクタールが浸水し、予測と実際の浸水範囲がほぼ一致。住民に周知徹底されていれば、犠牲者は減らせた可能性がある。 市はこれまで、市広報紙とともにマップを全世帯に配布。広報紙でマップの使い方などの特集を組んだほか、自主防災組織などの依頼を受けて出前講座を開き、17年度は市内で48回(真備町では1回)開催し、マップの存在を知らせてきた。 それでも今回の豪雨で真備町地区では51人の死者が出た。市担当課は「マップが避難に生かせていなかったとすれば非常に悔やまれる」と声を落とす。


■身近なものに  周知不足は倉敷市に限らないようだ。砂川の決壊で周辺の2230棟が浸水した岡山市。16年3月に洪水・土砂災害のマップを改訂し、使い方の出前講座などを市全域で年170回程度開いているものの、防災担当者は「来るのは防災意識の高い人。家族や近所には広がらない」とこぼす。 真庭市は出前講座のほか、水害が起こりやすい5、6月に広報紙でマップ活用を呼び掛けてきたが「すぐ取り出せる場所に保管されていない。新たな周知方法を考えねば」と担当者は言う。 国土交通省は西日本豪雨を受け7月13日付で、マップを住民に周知徹底するよう各都道府県に通知。石井啓一国交相は会見で「マップの存在が知られていないなど、防災情報の確実な提供には改善すべき点がある」と語った。 防災マップに詳しい山陽学園大の渋谷俊彦教授(建築学)は「マップが身近なものと感じられるよう、作成時から住民の意見をよく聞くことが大切。(書き込んで学べる)ワークブック形式を採用するなど内容にも工夫が必要だ」と指摘する。

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