秋篠宮さま きょう53歳に 大嘗祭めぐり政府決定と異なる意見 /秋篠宮さま 53歳に 会見の全文

秋篠宮さま きょう53歳に 大嘗祭めぐり政府決定と異なる意見

 秋篠宮さまは30日、53歳の誕生日を迎えるにあたって記者会見に臨み、来年の皇位継承に伴う伝統儀式「大嘗祭(だいじょうさい)」の費用に、公的な予算が充てられることについて、儀式の宗教色を踏まえ、天皇の生活費にあたる予算から支出されるべきだという考えを示されました。皇族が公の場で、政府の決定と異なる意見を述べるのは異例のことです。
秋篠宮さまは、誕生日を前に紀子さまと記者会見に臨まれました。この中で、秋篠宮さまは皇位継承に伴う儀式などについて考えを尋ねられたのに対し、「大嘗祭」を取り上げ「宗教色が強いもので、国費で賄うことが適当かどうか」と述べられました。

そして、「宗教行事と憲法との関係はどうなのかという時に、それは、私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています」などと話し、憲法の政教分離の観点から、天皇の生活費などに充てられる予算の「内廷費」から費用を支出し、その範囲で儀式を行うべきだという考えを示されました。

政府は戦後の新しい憲法のもとで初めて行われた平成の「大嘗祭」にあたり、儀式の宗教性を踏まえ、皇室行事として行う一方で、国にとっての重要な儀式でもあるとして、費用は公的な予算にあたる「宮廷費」から支出していて、来年の大嘗祭もこの見解を踏襲して行われることが決まっています。

皇族が公の場で、政府の決定と異なる意見を述べるのは異例のことです。

秋篠宮さまは平成の「大嘗祭」の時から同じ考えだったということで、今回もこうした考えを宮内庁の長官などに伝えてきたとしたうえで、「話を聞く耳を持たなかった。そのことは非常に残念なことだった」と話されました。

一方、長女の眞子さまと、婚約が内定している小室圭さんの結婚に向けた行事が延期されていることについても、質問にこたえられました。

秋篠宮さまは、週刊誌などで「小室さんの母親が、知り合いの男性と金銭トラブルになっている」などと報じられていることを念頭に、「今でも二人が結婚したいという気持ちがあるのであれば、やはりそれ相応の対応をするべきだと思います」と述べ、小室さんの側から説明があるべきだという考えを示されました。

そして、眞子さまと小室さんにも、こうした考えを伝えているとしたうえで、「多くの人がそのことを納得し、喜んでくれる状況、そういう状況にならなければ、私たちは、いわゆる婚約にあたる納采の儀というのを行うことはできません」と述べられました。

紀子さまは「家族として非常に難しい状況の中にありますが、私は長女の眞子がいとおしく、かけがえのない存在として感じられ、これからも、長女への思いは変わることなく、大切に見守りたいと思っています」と話されました。

また、秋篠宮さまは来年、皇位継承順位1位の「皇嗣」となるにあたっての抱負を尋ねられたのに対し、「一つ一つを、そのつど、そのつど考えながら、自分の仕事、もしくは務めを進めていくようにしたいと思っています」と述べられました。

そして、退位される天皇陛下については、「即位以来、象徴としての在り方について、常に模索し考えてこられ、全身全霊でお務めを果たしてこられた」と述べ、皇后さまについては「御結婚以来、60年近くにわたって陛下を支えてこられました」と振り返り、「これは、なかなかできることではないと思い、お二方に深く敬意を表するところです」と話されました。

宮内庁長官「決定済み方針に従い準備」宮内庁長官「決定済み方針に従い準備」
秋篠宮さまが「大嘗祭」の費用に関し、政府の決定と異なる意見を述べられたことについて、宮内庁の山本長官は記者会見の席で、「決定済みの方針に従って準備を進めてきたし、これからも準備を進めていく」としたうえで、「ご持論としてそういう意見をお持ちであるということで、そのとおり受け止めるしかない」と述べました。

また、「話を聞く耳を持たなかった」などと指摘されたことについては、秋篠宮さまの意見も聴いたうえで、宮内庁の考え方を説明してきたとし、「そのようにお受け止めになったのであれば、その点は申し訳なかったと思います」と話しました。

そして、政治色を帯びた発言と受け止められるのではないかという趣旨の質問には、「すでに決定済みのことだとおっしゃっていて、質問に答える形での発言であることも考えれば、政治的な発言ということまではないのではないかと思う」と述べました。

首都大学東京 木村教授「もっともな発言」首都大学東京 木村教授「もっともな発言」

秋篠宮さまの発言について、憲法学者で首都大学東京の木村草太教授は「もっともな発言だ。前回の大嘗祭のあと、最高裁が大嘗祭には宗教性があるという判断を示していて、政府は来年の儀式の在り方について、前例の踏襲に終わらず、もっと慎重に検討すべきだった」と述べました。

そのうえで、「皇室の行事について、皇室の一員として述べられたもので、政治的な発言とまでは言えないが、秋篠宮さまがここまで踏み込んだ発言をしないといけない状況だと認識されていることに強い衝撃を受けた」と話しています。
麗澤大 八木教授「真意くみ取れない」麗澤大 八木教授「真意くみ取れない」
秋篠宮さまの発言について、憲法学者で麗澤大学の八木秀次教授は「大嘗祭は宗教的性格を有するが、憲法に定められた皇位継承を行ううえでの重要な儀式であり、皇室の私的行事とはならない。国費から支出することに問題はなく、議論も尽くされていて、何を懸念されているのか真意をくみ取れない」と述べました。

そのうえで、「予算の使い方について公の場で言及されたものであり、皇族による政治的な発言とも言え、決して無視できるものではない」と話しています。
元判事 園部さん「やむにやまれぬお気持ちに理解」元判事 園部さん「やむにやまれぬお気持ちに理解」
秋篠宮さまの発言について、最高裁判所の元判事で、皇室制度に詳しい園部逸夫さんは「皇族が内閣で決めたことに記者会見の場で意見を述べられるのは、喜ばしいことではないと思うが、宮内庁に話してもなにも変わらない中で、皇室にもこんな意見があるのだと知ってもらいたいという、やむにやまれぬお気持ちも理解できる」と述べました。

そのうえで、「これをきっかけに大嘗祭の費用の在り方について議論が広がる可能性もある」と話しています。
大嘗祭とは
「大嘗祭」は、天皇が即位後、初めて新しく収穫された米などを天照大神とすべての神々に供えたうえで、みずからも食べ、国と国民の安寧や五穀豊穣などを祈る儀式です。

毎年11月に宮中祭祀として行われる「新嘗祭(にいなめさい)」を、即位後、初めて大規模に行うもので、皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式とされています。

7世紀後半の天武天皇の時代から、歴代の天皇が即位後に「大嘗祭」を行うことが皇室の伝統となってきました。

「大嘗祭」では中心的な儀式として「大嘗宮の儀」と「大饗の儀」が行われます。このうち「大嘗宮の儀」は、特別に設営された「大嘗宮」と呼ばれる建物で行われる儀式で、前回、平成の「大嘗祭」では、皇居・東御苑におよそ100メートル四方の敷地を設けて行われました。

また、「大饗の儀」は、天皇が大嘗祭に参列した人たちを招いて催す饗宴で、前回は皇居・宮殿で3回行われ、三権の長や閣僚など、およそ730人が出席しました。

平成の「大嘗祭」では、「宮廷費」からおよそ22億5000万円が支出されましたが、「内廷費」の場合、法律で額が定められていて、今年度予算では、総額で3億2000万円余りとなっています。

大嘗祭の費用を現状の「内廷費」でまかなおうとすると、支出の大部分を占める大嘗宮の設営を見送り、「新嘗祭」と同様、皇居にある「神嘉殿」を使うしかなく、儀式の規模や内容は大きく変わることになります。
大嘗祭めぐるこれまでの議論
平成の「大嘗祭」は、戦後の新しい憲法のもとで初めて行われ、政教分離の原則との整合性をめぐって、さまざまな議論が生じました。

一部の学者や市民グループは、大嘗祭は神道に基づく宗教的儀式で、政府が関わるのは信仰を助長することになり、政教分離を定めた憲法に違反すると主張しました。

そのうえで、実施する場合は国事行為でなく、皇室の私的儀式とすべきで、費用は天皇の生活費などに充てられる「内廷費」から支出すべきだという意見が出されました。

政府は有識者から意見を聴くなどして、大嘗祭の位置づけや予算措置などについて検討を進めた結果、「宗教上の儀式としての性格を有するとみられることは否定することができず、国事行為として行うことは困難だ」とする見解をまとめました。

そのうえで、「一世に一度の極めて重要な伝統的皇位継承儀式であり、皇位の世襲制をとるわが国の憲法のもとにおいては、その儀式について国としても深い関心を持ち、その挙行を可能にする手だてを講ずることは当然と考えられる」として、費用は皇室の公的な予算にあたる「宮廷費」から支出することが妥当だとしました。

これに対し、反対する学者や弁護士などが集会を開いて抗議の声を上げ、各地の住民から国費を支出したことや知事などが参列したことが憲法違反だとする訴えが起こされましたが、いずれの裁判も訴えられた国などが勝訴しました。

そうした中、平成7年の大阪高等裁判所の判決では、訴えを退けたうえで、「国費の支出は、国家神道を助長するような行為として、憲法に違反するのではないかという疑いは一概には否定できない」と指摘しました。

来年の大嘗祭について、政府はことし2月の式典準備委員会で、前回の政府見解やこれまでの司法判断を踏まえて検討を行い、その後の閣議で前例を踏襲することを決めています。
眞子さま婚約内定 今後は眞子さま婚約内定 今後は
眞子さまと東京都内の法律事務所に勤務する小室圭さんは、去年9月に婚約が内定しました。

お二人そろっての記者会見では、眞子さまが「居心地がよく、笑顔あふれる家庭をつくることができれば、うれしく思います」と述べられました。

結婚に向けた準備が進められ、宮内庁は一般の結納にあたる「納采の儀」や結婚式の日取りを発表しました。

しかし、去年の暮れ以降、週刊誌などが「小室さんの母親が知り合いの男性と金銭トラブルになっている」などと相次いで報じました。

そうした中、ことし2月、宮内庁は結婚に向けた行事の延期を発表します。この時、眞子さまは、ご自身と小室さんの気持ちを文書であらわし、「結婚までに行う諸行事や結婚後の生活について、十分な準備を行う時間的余裕がない」などと述べられ、宮内庁は、結婚は皇位継承に伴う重要な儀式が終わった再来年になる見込みだと説明しました。

眞子さまは、その後も7月にブラジルを公式訪問するなど、国内外で精力的に皇族としての活動に臨まれています。

一方、小室さんは弁護士資格の取得を目指して、ことし8月から3年間の予定で、アメリカ・ニューヨーク州のロースクールに通っています。

お二人の今後について、宮内庁の幹部は「結婚に向けた行事が再来年に延期されるという状況が覆ったわけではないが、小室さん側に『それ相応の対応』という重い課題が示された形だ。しっかりとした対応が取られなければ、正式な婚約には進めないということであり、今後の小室さん側の対応を注視していきたい」としています。

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秋篠宮さま 53歳に 会見の全文

秋篠宮さまは30日、53歳の誕生日を迎えるにあたって記者会見に臨まれました。会見の全文です。
新たなお立場への抱負新たなお立場への抱負
(問1)殿下にお伺いします。殿下は来年5月の代替わりに伴い、皇位継承順位第1位の皇嗣となられます。新たなお立場への抱負をお聞かせください。公務の在り方や分担について、新天皇となられる皇太子さまとどのような話し合いをされ、殿下がどのようにお考えになられているのか、あわせてお聞かせください。

(秋篠宮さま)最初の抱負ということについてですけれども、私は今まであまり抱負ということは、語ることは、口に出して言うことはありません。ただ、何かの節目というよりも、折々にその抱負のようなものを考えることというのはあります。

これは抱負になるのかどうかはわかりませんけれども、これからもさまざまな公的な仕事をする機会があります。時として、例えば毎年のように行われているものなどについては、どうしても前年度とか、その前の機会と同じようにすればいいと思いがちです。

これは、私自身もそうなんですけれども、やはり、それら一つ一つを、そのつどそのつど考えながら、自分の仕事、もしくは務めを進めていくようにしたいと思っています。

あと、公務そのものについては、これは、例えば天皇が海外、外国訪問中とかには臨時代行ということをするわけですね。私は今までそれをしたことがありません。

今の皇太子殿下は、昭和時代に一度その経験があるわけです。私はしたことがありませんけれども。今後はそういう機会は、必ず出てまいります。

一方、公的な活動について、来年の5月以降、今まで皇太子殿下が行ってきたものというのが、今度は天皇になられると、それを併せてするということはできなくなります。

一方、これは昨年のこの場でもお話をしましたが、私も自分で行っていることがあります。総裁とか名誉総裁をしているものもあります。それらをそっくり誰かに今度は譲る、引き渡すということ、これも、それを受ける先はありません。

そのようなことから、今、宮内庁として考えていることは、一旦すべて皇太子殿下のお仕事を宮内庁の方で引き取って、それを整理をして、それで次に私がどのものをその後、行っていくか、というのを検討しているところです。おそらくそれはそう遠くないうちに、発表されるのではないかと思っています。

また、在り方については、公的な活動については、今、お話ししたようなことについての了解を皇太子殿下と取ったということです。

在り方というものについては、おそらく、今後もっといろいろ話をしていかなければいけないんでしょうけれども、分担というか、今の皇太子殿下と私のものというのは、ある程度こう今、お話ししたようにわかれるわけですが、例えば宮中で行われる行事等については、それは平成の時代にも、行い方が変わったり、今の両陛下が変えられたものもあるわけです。

そういうものについては随時話合いを、すでにしているものもありますが、(今後も)していく必要があろうかと考えています。
平成30年を振り返り
(問2)殿下にお伺いします。天皇陛下の退位まで5か月となりました。この30年を振り返り、平成とはどのような時代であったと考え、象徴としての務めを果たしてこられた天皇陛下と、支えてこられた皇后さまには、どのような思いを抱かれているのでしょうか。

(秋篠宮さま)平成も30年、かなり長い期間になります。それをこう振り返って総括するというのは、なかなか私にはできません。

例えば、平成の初めのころ、私も日本にいなかった時期もありますし、例えばそういう時に、ニュースでベルリンの壁の崩壊であったりとか、そういうものを見て、驚いたことはあるわけですが、平成ということですので、日本のことになろうかと思います。

そうすると、いくつか思い浮かびますけれど、例えば、バブルが崩壊して、経済の低迷といいますか、失われた10年とか、その後も含めて20年とか言われますけれども、ちょうどそのバブルのころ、それからその後でもって、人々の生活のパターンというのが変わったなというのは、私なりに何となく感じております。

また、これは大変、残念なことではありますけれども、自然災害が非常に多かった。震災もありました。そして、また近年は、豪雨であったり豪雪もあります。台風などでも大きな被害が出ています。そういう自然災害が、非常に多い時代だったなという印象があります。

あとこれは、おそらく1992年のリオデジャネイロのいわゆる「地球サミット」後になるのではないかなと思いますが、企業であるとか、もちろん自治体もそうですね、それから個人が、非常に環境というものに関心を持つようになり、それぞれが環境に対して、どういうことができるかというのを、真剣に考えるようになった時代だったのではないかと思います。

そして、いろいろなITの発達、これは、それこそ私などは、昭和時代はワードプロセッサですね、昭和の終わりぐらいですよね、で文章を作っていた。それがいつの間にか、もういわゆるパーソナルコンピュータが普及する、そしてさらに、スマートフォンだいろいろと出てきました。

以前では考えられないぐらい、情報が入ってくるようになり、それからまた、海外と連絡する際も極めて迅速に、それが行えるようになり、また例えば海外の事情なども、容易に知ることができるようになる。

ある意味では、国の国境がボーダーレスの時代になったなという印象があります。私自身はまだ、追い付いていかないところが少しありますけれども、そういう時代だったなと思います。

そして、もう一つ挙げるとするならば、日本人が学術や芸術、それからスポーツなど、さまざまな分野で目覚ましい活躍をしている時代かと思います。

その次の両陛下のことについてですが、天皇陛下は即位以来、象徴とはどのようにあるべきかという、その象徴としての在り方について、常に模索し考えてこられ、そして、一昨年の8月に、今のお気持ちというものを表明されましたが、その中に全身全霊という言葉がありました。まさしく、その全身全霊でお務めを果たしてこられたと、私は思います。

そして、皇后陛下は、その陛下のお務め、それから立場を重んじ、さらに宮中に伝わる伝統を守り継承してゆくことに心を砕かれながら、御結婚以来、非常に長い期間、60年近くにわたって陛下を支えてこられました。これはなかなかできることではないと私は思い、お二方に深く敬意を表するところです。

そして、これは少し質問の趣旨から外れると思いますけれども、息子の立場として言わせていただければ、私は20何年、一緒に過ごしていましたからですけれども、常に笑いのある、そういう温かい家庭を築いてくださいました。そのことに感謝したいと思います。
眞子さまのご結婚について眞子さまのご結婚について
(問3)両殿下にお伺いします。眞子さまと小室圭さんとのご結婚に関する行事が2年延期され、小室さんはこの夏から3年の予定でアメリカに留学しました。小室家をめぐるさまざまな報道もありますが、小室さんからどのように聞き、どう受け止めていらっしゃいますか。眞子さまの最近のご様子とともに、お二人の結婚についてのお考えや今後の見通しをお聞かせください。

(秋篠宮さま)小室さんに関わること、これが毎週のように週刊誌等で報道されていることは、私もすべてをフォローしているわけではありませんが、承知はしております。

(記者に質問を確認されて)小室さんからの連絡ですか、どうでしょう。2、3か月に一度くらいでしょうか、時々もらうことがあります。これは、娘と小室さんのことではありますけれども、私は今でもその二人が結婚したいという気持ちがあるのであれば、やはりそれ相応の対応をするべきだと思います。

まだ、婚約前ですので、人の家のことについて私が何か言うのは、はばかられますけれども、やはりその今お話ししたような、それ相応の対応というのは大事ですし、それから、これは、二人にも私は伝えましたが、やはり、今いろんなところで話題になっていること、これについてはきちんと整理をして、問題をクリアするということ(が必要)になるかもしれません。

そして、それとともに、やはり多くの人がそのことを納得し、喜んでくれる状況、そういう状況にならなければ、私たちは、いわゆる婚約に当たる「納采の儀」というのを行うことはできません。

私が今お話しできるのはそれぐらいのことになります。娘の、長女の様子についてですが、(妃殿下をご覧になって)どうでしょうか。

(紀子さま)(殿下を振り向かれて)私はあとでお話ししても。今でよろしいでしょうか。(殿下に確かめられる)。

(記者)眞子さまの御様子についても、ぜひ、殿下から。

(秋篠宮さま)私は最近はそれほど、娘と話す機会がないので、よくわかりませんけれども、公の依頼されている仕事、それは極めて真面目に取り組み、一所懸命行っていると思います。

また、平日は博物館の方で仕事をしつつ、自分の関心、研究テーマを深めていっているのだろうと思っております。

(記者)質問の中でございました、さまざまな報道に関して、小室さんからどのように聞いていらっしゃるかということについてはいかがでしょうか。

(秋篠宮さま)小室さんから、報道について、その報道についてうんぬんという、それ自体について、私は聞いておりません。もちろん、ただその中に、今までにあった中で、これは事実とは違うことだ、ということについて説明があったということはあります。

ただ、それについて、じゃあ何か行動を今するのかどうか、その様子については、連絡からうかがうことは、知ることは私はできておりません。

(記者)同じ質問になりますけれども、妃殿下いかがでしょうか。

(紀子さま)今、宮様から質問に対して具体的にお話をされているところもございますので、もしできましたら、私は母親としてどのように受け止めたか、また、娘の様子、そして、どのように感じているかについてお話をしたいと思いますが、よろしいでしょうか(記者にお尋ねになり、確認される)。

(紀子さま)昨年の夏から、さまざまなことがありました。そして、折々に、私たちは話合いを重ねてきました。そうした中で、昨年の暮れから、だんだん寒くなっていく中で、長女の体調がすぐれないことが多くなりました。そうした状況が長く続き、長女は大丈夫だろうか、どのような思いで過ごしているだろうかと、私は大変心配でした。

しかし、このような中でも、長女は与えられた仕事を懸命に果たしてきました。ことしの7月には、公的な訪問、ブラジルへ行きました。それは日本人のブラジル移住110周年の行事に出席するためでした。

(殿下を振り向かれて)私たち自身も、以前にブラジルへ仕事で行きましたが、その時よりも長い距離を移動し、大変な日程であったと思いますが、日本人の移住地でもある所も含めて、14都市を回り、多くの人々と交流を深められました。

それからも、都内や地方でのいくつもの行事に出席し、それを一つ一つ心を込めて大切に全力で務めてきたように私は思います。私は本当によく頑張っているなと長女のことを思っております。

長女は美術や音楽が好きなものですから、そして私も好きで、一緒に誘い合って展覧会や音楽会に出かけることがあります。小さい時から、このように一緒に芸術にふれたり、語り合ったりする時間を持ってきましたが、今、以前にも増して、このように長女と過ごす時間をとても大切に感じています。

家族として非常に難しい状況の中にありますが、私は長女の眞子がいとおしく、かけがえのない存在として感じられ、これからも、長女への思いは変わることなく、大切に見守りたいと思っております。

(記者)殿下から添えられることは、お言葉はございますか。

(秋篠宮さま)今、妻が話しましたように、先ほどの私の抱負ではありませんけれども、本当に一つ一つ丁寧に仕事をしている印象は私もあります。
佳子さまについて佳子さまについて
(問4)両殿下にお伺いします。佳子さまの最近のご様子や大学卒業後のご活動、ご結婚について、どのようにお考えかをお聞かせください。皇位継承順位第2位となられる悠仁さまはことし、広島を訪問するなど戦争の歴史と向き合う機会を多く持たれましたが、成長をどのように感じていらっしゃいますでしょうか。今後の成長に寄せる期待と中学校の進学先についてのお考えもあわせてお聞かせください。

(秋篠宮さま)最初に次女のことですけれども、今大学の4年生になりまして、現在は卒業論文の作成に忙しくしているところのようです。私は細かいことは知りませんけれども、夜遅くまでそれについての作業をしている様子がうかがえます。それから…(妃殿下をご覧になる)。

(紀子さま)(殿下を振り向かれて、確認されて)ふり返りますと、次女の佳子は、ことしの6月に英国から元気に帰国しました。約9か月だったと思います。英国の滞在生活では、大学で幅広い分野の講義を受けたり、また、休みの時には海外、英国も海外ですが、近くの行きたいと思っていた国、スペインやポルトガルへ友人と一緒に旅行したり、さまざまな経験をしました。

それを通して、次女は自分の視野を広げたり、また、自分の考えを深めたりする貴重な機会となったと思います。この数か月をふり返りますと、次女もいくつかの公的な行事に携わりました。

9月には国際情報オリンピックの開会式、その後に手話パフォーマンス甲子園の行事に出席し、そして今月は中学生たちが自分たちの経験を語る少年の主張の発表を聴きました。

大学を卒業してからは、宮中行事に出席することも多くなると思います。これからも、公的な仕事を心を込めて大切に果たしていけるように願っております。

(秋篠宮さま)少しダブってしまいますけれども、大学卒業後はですね、次女にもいろいろな公的な仕事の依頼が来ることが予想されます。長女がそうしているように、次女にも一つ一つ大切に思いながら、それらに取り組んでいってほしいと思います。

もう一つ、これはすでにそういうことがあるのかもしれませんし、私は知りませんけれども。大学卒業後に大学院への進学の希望を持っているかどうかも私は存じませんけれども、公的私的は別にしてですね、何かこう、ライフワークになるようなもの、それを持ってもらいたいなと思っています。

結婚についてですが、親の勝手な希望としては、それほど遅くなくしてくれたらいいとは思いますが、こればかりは、やはり御縁の関係もありますので、別に私からせかしたりすることもしません。いずれ本人から何か言ってくるかもしれません。そのような状況です。

(紀子さま)結婚についてですが、これから先、もし次女がそのような話がありましたら、次女の考えやその先の将来のことについての考えを聞いて、私も必要なところ、大事だと思うことがあれば、お互いの話合いの中で、気持ちや考えを伝えていきたいと思います。
悠仁さまについて悠仁さまについて
(秋篠宮さま)(記者に質問を確認されて)その次は、長男のことでしたかね。長男の成長。

(記者)広島を訪問されたり、戦争の歴史と向き合っていかれたりとか、いろいろありましたので。その成長をどのように感じていらっしゃるのかという点と、今後の成長に寄せる期待と中学校の進学先についてお聞かせください。

(秋篠宮さま)(妃殿下をご覧になって、悠仁親王殿下のことをお尋ねになって)ことし、学校であれですか。戦争のことについて。

(紀子さま)(殿下を振り向かれて)夏休みの社会の宿題で、歴史について調べた時だと思います。

(秋篠宮さま)それで、今まで長男は沖縄、長崎、小笠原に行っていますけれども、広島には今まで行ったことがなかったんですね。そういう何かまとめるに当たって、本人自身がぜひ、広島に行きたいという希望を持って、それで、家内と一緒に行ったわけですね。

そのように、かなり自主的に動くということをするようになってきたと思いますし、自分の意見もはっきり言うようになったなという印象は私にもあります。

一方、自分の主張だけをどんどんするのではなくて、人の話にもきちんと耳を傾けるようになってきたなと思います。その延長線上にあるのかもしれませんが、人のことを思いやる気持ちというのは、以前よりも増してきたなと思います。私が非常におおざっぱではありますけれども、感じる成長というのはそのようなところですね。(妃殿下をご覧になって)。

(紀子さま)(記者に質問を確認されて)成長についてでしょうか。先ほど宮様がお話をされていましたように、学習に対しての取り組みがとても熱心だと感じています。

小学校の6年生でも夏休みの宿題・課題が多く出され、それは7月に入ってからでしょうか、(長男は)この課題をどのように進めていこうかと、自分で考え、広島はいつか機会があった時に家族で訪れることを考えておりましたが、ことしの夏ということは特に予定しておりませんでしたが、長男が、できれば(この夏に)広島を訪れて、資料館や関係者から話を聞いてみたいとのことだったので、参りました。

ほかにも理科の課題も出まして、火山、地震、防災がテーマだったのですが、それに関わるいくつかの場所にも出かけました。自分の夏休みの過ごし方を、長男が自分で早めにいろいろと計画を立てて、見通しを持って行動する、そのようなことができるようになったと、感じました。

成長というのかどうかわかりませんが、すてきだなと感じていること、以前よりも変わったこととして、学校で帰りの時間ですが、授業が終わったあとの下校するまでの間の時間を使って、子どもたちと先生方がお互いのいいところに気づいて言葉にする、これは「いいとこ見つけ」というのでしょうか、をしています。

そういうこともあるからでしょうか、家でも私たちのいいところに気づいて教えてくれたり、ちょっと困ったり、どうしようかなと考えている時には言葉をかけたり、助けたりしてくれることがあります。

(秋篠宮さま)(妃殿下をご覧になって)さっきの人を思いやるところともつながるかもしれないですね。

(紀子さま)(殿下にうなずかれて)大事な時に言葉にすること、思うことも大事ですが、言葉にして相手に伝えることの大切さを私たちが学んでいるような気もいたします。

あともう一つお話をしますと、長男は学校の家庭科の授業でお弁当実習を始め…(とお考えになる)。

(秋篠宮さま)(妃殿下を向かれて、お尋ねになって)調理実習じゃない?

(紀子さま)(殿下を振り向かれて)調理実習かしら。(長男が)お弁当を友達と一緒に作る機会がありました。授業で学んだ料理やほかにもいろいろな料理を作ってくれることが多くなりました。

私たちも素直に、「とってもおいしい」、「これはどうやって作ったのかしら」と話しますと、長男は本当にうれしそうに、この食材と、この調味料を使って作ったんだよと…(その時のことを思い起こされる)。

(秋篠宮さま)(妃殿下をご覧になって)あと自家製の野菜も。

(紀子さま)(殿下とうなずかれて)野菜作りしていますので、そうした野菜を取り入れたり。私たちがリクエストをすると、それにけなげに応えてくれます。

いくつかお話をしましたが、学習の面、生活の面でさまざまな成長がことしも感じられました。

(秋篠宮さま)あと、進学先については、今もう11月の末になりますので、そう遠くないうちに発表されることと思います。それこそ進学先はいい教育をしてくれるところだといいなと、親としては思っています。

(紀子さま)進学先についての考えということですが、進学先については、4年生、5年生ごろからでしょうか、少しずつ話し合って、長男自身の考えや希望などを聞くことがありました。

学校でも進路について、さまざまに考える機会を設けてくださいました。例えば、5年生の時には、お茶の水女子大学附属小学校の卒業生である大学生が小学校を訪ねて、そして自分たちが進路に対してどういう考えを持ったか、進んだ中学校、高校、大学でどういう生活をしていたか、そのように語る時間がありまして、その時に子どもたちは、卒業生、自分たちの先輩にいろいろな質問をして、それにお兄さん、お姉さんたちが丁寧に答えてくださいました。

小学校のこのような時間以外にも、いろいろな中学校があって、特徴があって、カリキュラムや課外活動があることも知る機会がありました。

こうした中で、長男が自分の考えを深めることを大事にしてまいりました。中学校でどのようなことを学びたいか、どのような活動をしたいか、今、学校や家庭でどのように過ごしたいか、そのようなことを長男はいろいろと考え、その意見や希望を聞きつつ、話し合い、進学先について考えてきました。

これからも長男の語る言葉に耳を傾けて、思いや気持ちを大事に受け止められるよう、成長を見守っていきたいと思っています。

(秋篠宮さま)(記者に質問を確認されて)あとは期待?

(記者)今後の成長への期待。

(秋篠宮さま)いろいろあると思いますし、なかなか期待というと、本人にも重荷になることもあるので、どっちかというと、こうなってくれたらいいなと私が思っていることとして、その中の一つを挙げますと、どうしても何か物事を見る時に、一面的に見がちなことがあると思います。

やはりさまざまなことというのは、いろいろな視点を変えて見ると、全然違うところというのが出てきます。私は長男には、何か物事を見る時に一面的ではなくて広い視野、多角的に見られるようになってほしいなという希望があります。

(紀子さま)小学生から中学生へと、おそらく学習環境や生活環境が大きく変わるところ、また、心身面の成長でも変化が見られる時期でもあると思いますので、少しずつ新しい生活に慣れていけるよう、また、子どもの成長を支えていけるように努めたいと思っています。
この1年 印象に残った出来事はこの1年 印象に残った出来事は
(問5)殿下にお伺いします。この1年を振り返り、印象に残る出来事とご感想をお聞かせください。

(秋篠宮さま)この1年もいろいろありました。まず先ほどと少し重なりますけれども、自然災害が非常に多い年でした。それは地震もありましたし、台風もありましたし、それから豪雨もあったわけですね。

私自身はそれらの災害があった場所としては、広島県に参りました。まず最初に驚いたといいますか、広島の空港を出て、それから行った場所が坂町になります。済生会病院ですけれども。

高速に乗った時にいろいろなところで土砂崩れ、大きい土砂崩れがあって、しかも道にも流されてきた木があって。こういう場所だということをですね、ふだんなにげなく広島の空港から街なかに出る時に高速道路に乗っていますが、改めてその地形をその時に認識しました。

また、被害が大きかった小屋浦の方にも行きまして、そこで避難している人たちとも話をする機会がありました。やはり避難している人たちにとってもこれほどの大きい災害になるとは思ってもいなかったという声が、何人かの人からありました。

確かに川の脇を歩いていると、その川の水量が上がって、しかも流木が流れてきたり、そのほかでもって大きい被害が出たわけですが、水の力というのが、これほどまでにすごいのかということを改めて私は認識しました。

そして、今後どのようにして防災、そして減災をしていくかというのを、今、日本中どこでもその可能性はあるわけですので、それを考えていかないといけないということを再度、思いを新たにしました。

また、ことしは日本人がハワイに移住して150年になります。私は今まで、ハワイはホノルルの空港しか知りません。トランジットのため。ですから今回、現地に行って、それから日系社会の人たちと話をし、その人たちが小さかったころの話(を聞いたり)、それから(日系社会の人たちは)今8世までいるわけで、8世はまだ小さいお子さんでしょうけれども、いて、その人たちが日本について思っていることであったりとか、さまざまなことを聞く機会になるとともに、本当にホノルルの近辺だけですけれども、かなり音楽であったりとか、歌であったりとか、それから植物利用であったりとか、さまざまなことを私自身知ることができて、大変良い機会だったと思います。

いろいろそのほかありますけれども、ことしはノーベル生理学・医学賞、本庶佑さんの受賞が決まりました。最近は日本人で受賞する人も多くて、「ことしも」ということになってくるんだと思いますが、もちろん、そのいわゆる免疫チェックポイント阻害剤ですね、オプジーボ。まだまだおそらく課題はたくさんあると思いますけれども、今後の悪性新生物に対する一つの柱になっていくことが期待されるのではないかと思います。

そしてあとは、先ほども日本人の活躍ということをお話ししましたが、若い世代の人が非常に活躍した年だったなと思います。少しだけ例を挙げれば、将棋で藤井聡太さんもそうですし、15歳でしたかね。それから、オセロゲームも大幅に記録が更新されて、11歳の福地啓介さんですか、が世界タイトルを取られたという、そしてテニスの大坂なおみさんが、日本人としては初めてですかね、グランドスラムの全米のシングルス優勝、その他もろもろオリンピック・パラリンピックもありましたし、いろいろな分野で若い世代の人たちの活躍が目立ち、これはほんとに明るい話題だったと思います。
即位の行事や儀式について
(関連質問1)殿下にお尋ねいたします。お代替わりに関する日程や規模について、いろいろ宮内庁の方でも発表があり、決まりつつありますが、先ほど殿下には皇嗣となられる公務の在り方についてのお考えをお聞きしましたが、即位の行事や儀式についてもお考えがあればお聞かせいただきたく思います。

(秋篠宮さま)行事、そういう代替わりに伴う行事で、いわゆる国事行為で行われる行事、それから皇室の行事として行われるものがあります。

国事行為で行われるものについて、私が何かを言うことができるかというと、なかなかそういうものではないと思います。そういうものではないんですね。

一方、皇室の行事として行われるものについてはどうか。これは、いくつかのものがあるわけですけれども、それについては、ある程度、例えば私の考えというものもあってもよいのではないかなと思っています。

(記者)具体的に。

(秋篠宮さま)具体的にもし言うのであれば、例えば、即位の礼は、これは国事行為で行われるわけです、その一連のものは。ただ、大嘗祭については、これは皇室の行事として行われるものですし、ある意味の宗教色が強いものになります。

私はその宗教色が強いものについて、それを国費で賄うことが適当かどうか、これは平成の時の大嘗祭の時にもそうするべきではないという立場だったわけですけれども、そのころはうんと若かったですし、多少意見を言ったぐらいですけれども。

今回も結局、その時を踏襲することになったわけですね。もうそれは決まっているわけです。ただ、私として、やはりこのすっきりしない感じというのは、今でも持っています。

整理の仕方としては、一つの代で一度きりのものであり、大切な儀式ということから、もちろん国もそれについての関心があり、公的性格が強い、ゆえに国の国費で賄うということだと。平成の時の整理はそうだったわけですね。

ただ、今回もそうなわけですけれども、宗教行事と憲法との関係はどうなのかという時に、それは、私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています。今でも。

ただ、それをするためには相当な費用が掛かりますけれども。大嘗祭自体は、私は絶対にすべきものだと思います。ただ、そのできる範囲で、言ってみれば身の丈にあった儀式にすれば。少なくとも皇室の行事と言っていますし。そういう形で行うのが本来の姿ではないかなと思いますし、そのことは宮内庁長官などには、かなり私も言っているんですね。

ただ、残念ながらそこを考えること、言ってみれば話を聞く耳を持たなかった。そのことは私は非常に残念なことだったなと思っています。
眞子さまと小室さんについて眞子さまと小室さんについて
(関連質問2)眞子さまと小室さんの御結婚に関する質問のお答えの中で、「相応の対応」ということを仰られましたけれども、これは、お二人の結婚の意思が今も非常に堅くて、そのお気持ちを今後も支えていかれるというふうに受け止めてもよろしゅうございますでしょうか。

(秋篠宮さま)それとは少し違い、それを支えていくという意味でお話ししたのとは違います。あの時の質問は、おそらく小室さんについての報道のことと、それから連絡を受けてという、それについての私の答えでしたけれども、やはりそれ相応の対応というのはこちらの対応ではなく、相手側の対応ですね。

そのあとにお話ししましたように、やはりきちんと、どういうことなんだということを説明をして、そして多くの人に納得してもらい喜んでもらう状況を作る、それが「相応の対応」の意味です。


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