女子会トーク 警察だけでは防げない―ストーカーを「無害化」するための治療を  (小川恵理子)
 ストーカーの本   参考
ストーカー5分類s

 
警察だけでは防げない―ストーカーを「無害化」するための治療を


「桶川ストーカー殺人事件」からの20年

日本でストーカー事件の深刻さが広く認識されたのは「桶川ストーカー殺人事件」だ。1999年10月、ストーカー被害に苦しんでいた女子大学生が、埼玉県のJR桶川駅前で刺殺された。事前に被害者から相談を受けていた県警上尾署が対応を怠っていたことが判明し、署員の処分に発展した。この事件を契機に2000年、「ストーカー禁止法」が成立。待ち伏せ、押しかけなど「つきまとい等の行為」を繰り返す加害者に警察が警告を発し、悪質な場合には逮捕すると定めた。

だが、桶川事件以降も深刻なストーカー被害は後を絶たず、警察の対応が批判されてきた。12年11月には、神奈川県逗子市で33歳の女性が元交際相手の男に刺殺され、男は直後に自殺。この事件では、加害者が女性に「殺すぞ」などと書いた脅迫メールを大量に送り付けていたことが注目された。13年10月には東京都三鷹市の高校3年の女子学生が、自宅に侵入していた元交際相手の男に刺殺された。当時21歳の加害者がインターネットに投稿していた被害者の画像も「リベンジポルノ」として問題になった。16年5月には東京都小金井市のライブハウスで女子大生の歌手がファンに刃物で刺され、重傷を負った。攻撃性を増すツイッターへの書き込みについて、「殺されるかもしれない」と警察に相談していたが、未然に防ぐことができなかった。

「逗子事件」「小金井事件」を受けて、13年、16年の規制法改正では電子メールやSNSの送信も「つきまとい等」の行為に含まれるようになるなど、法制度や警察の対応は改善されてきている。だが、罰則は最長2年の懲役または200万円以下の罰金にすぎない。たとえ加害者が服役したとしても、出所後にまたつきまとわれるかもしれないと、被害者は一生おびえ続けることになる。

「ストーカー規制法は『初犯防止』を強く意識した法律なので、警告は抑止力になります」とカウンセラーの小早川明子さん(NPO法人「ヒューマニティ」理事)は言う。「でも、いったんストーカーが脅迫、傷害などの犯罪を起こしてしまった場合、迅速に逮捕して再犯防止策をしっかりと講じるべきです」

現在の法制度や警察の対応には限界がある。小早川さんは20年間にわたり、被害者の代わりにストーキング加害者と向き合う活動をしてきた。これまで500人以上の加害者にカウンセリングを行いながら、ストーカーを「無害化」するための方策を模索し続けてきた。

「人間依存症」に陥った人たち

「私がストーカー被害に遭っている人の相談に乗るようになった1999年は、桶川事件と同じ年ですが、あくまでも自分自身が被害者だったことがきっかけです」と小早川さんは振り返る。94年に美術品の輸入会社を立ち上げたが、知人の男性から経営に参画させろと要求された。断ると男性はストーカーに変貌したと言う。「会社に押しかけてきて暴れ、社員がけがをしたこともあります。警察に相談しましたが、『(男が事務所に)火を付けたりしたら、また来てね』と言われました。それで心を切り替えて、警備会社を探してボディーガードを付けてもらいました」

男性のストーカー行為は数年続いたが、警備会社の身辺警護のおかげで大事に至ることはなかった。それでもまだ相手に恨まれているのではないかという不安は消えない。「ときどき振り返って、背後は安全かを確かめる癖があります」

自分がストーカーで苦労したので同じように苦しんでいる人を助ける仕事がしたいと、被害者の依頼で加害者たちとの面談を始めたそうだ。「大学卒業後に学んだゲシュタルト・セラピーのアプローチを活用できると思いました。自他の境界線を守るということを大事にするセラピーです」

「最初は、ストーカーは “悪いやつ” だから、被害者の盾になってあげたいという気持ちが強かった。ところが、被害者からの依頼で実際ストーキング行為をしている人たちに面談してみると、加害者も苦しんでいることが分かりました。恋愛に苦しんだ末につきまとっているとか、立ち直れなくて自傷行為を繰り返している人たちが多い。それですぐに、これは特定の人間に対する『依存症』なのだと分かりました」

警察以外の第三者の介入を

小早川さんはストーカーを「特定の相手(組織や地域も含む)に対する過剰な関心と、過剰な接近欲求により、無許可接近する人」と定義して、いくつかのタイプに分類している。ストーカー規制法は恋愛感情やその他の好意が満たされない場合を前提としているが、親子関係でもストーカー事案になり得るし、小早川さんのケースも恋愛感情とは無縁の「憎悪型」だった。一般的には恋愛関係などの親密な関係が崩れたことがストーキングの起因となる「拒絶型」が多く、過去の主なストーカー殺人事件はこのタイプだと言う。

被害者から相談を受けた際、小早川さんは加害者の心理的危険度を3段階に分けて対応を判断するそうだ。つらい気持ちを分かってほしいと相手に頼み込む段階が「リスク」、自分を拒否する被害者に感情を悪化させて「責任を取れ」などと文句や批判をする段階が「デンジャー」、そして、最悪な場合には殺人を犯すかもしれない段階の「ポイズン」へと危険度はエスカレートする。加害者がどの段階にいるかを、被害者とともに検討する。


「『ポイズン』に達する前の段階で、それ以上やってはいけないと誰かが言わなければなりません。規制法の下で警察が警告を出すのはもちろんありがたいです。ただ、警察の介入が逆効果になる場合もあり得る。だから、警告する時は精神保健福祉士などの医療関係者やカウンセラーなどが加害者と会うようにする連携が必要だと思っています。『あなたは警告を受けたけれど、苦しんでいるのではないですか』とケアする人が必要です。本当は、警告を出す前にカウンセラーなどが加害者と面談するのが理想的です。被害者が警察に相談する前に、ストーカー心理に詳しいカウンセラーと出会えれば一番いいのですが…」

上述の2012年「逗子事件」は、小早川さんに大きな悔いを残した。前年に被害者の三好梨絵さんから相談を受けた時は、既に加害者は脅迫罪で逮捕されていた。司法的措置だけでは再犯の可能性が高く、カウンセラーとしてストーカーの男と直接面談したいと提案したが、梨絵さんの同意は得られなかった。その後起訴され、有罪判決を受けた後に保護観察処分で出所した加害者が、翌年3月再び梨絵さんに大量のメールを送りつけてきた際には、警察に再逮捕を強く求めなさいと助言した。梨絵さんは警察に懇願したが、警察は「民事の範疇(はんちゅう)」と判断して動かなかった。何がなんでも梨絵さんを説得して、加害者に直接会って関わっていたら、最悪の結果は防げたのではないか―「この思いは一生引きずるだろうと思います」


画期的な治療法との出会い

「今まで向き合ってきたストーカーのうち、カウンセリングやセラピーで9割は立ち直らせることができましたが、あと1割の人たちには効かなかった。この1割の人たちが無害になるための方法論を考えなければいけないということが大きな課題でした」

2013年に千葉市にある下総精神医療センターの平井愼二医師と出会い、新たな地平が開けた。平井医師は、自分が開発して同センターで実施している「条件反射制御法」がストーカー治療にも適用できると断言した。薬物乱用や病的賭博、アルコール依存など、行動制御能力の障害によるさまざまな依存症に対する治療法である。13週間の入院中に、一連のステップを踏む “脳トレ” によって「逸脱した反復行為」への欲求を低減させ、行動を制御できるようにしていく。

平井医師から「治します」と最初に言われた時には、小早川さんは半信半疑だった。だが、「ストーキングをやめられない、死ぬしかない」と苦しんでいた20代の女性を試しに入院させたところ、退院した時には相手に対するとらわれがすっきり消えていた。

14年以降、下総精神医療センターと連携し、20名を超える「デンジャー」と「ポイズン」のストーカーたちの入院につなげ、そのほとんどがストーキングから「足抜け」できたと言う。警察、司法との連携が成功した事例では、脅迫罪で起訴されたストーカー男性の弁護士と相談し、平井医師を身元引受人として入院させることを条件に保釈を申請、病院までは警察官も同行した。その後執行猶予付きの判決を受けた男性は、相手に対する固着が消え、新たな生活にかじを切ったと言う。

「今の医療界では、ストーカー=行動制御能力の障害=を精神疾患と見なさず、治療ではなくカウンセリングの領域だとすることが多いのです。加害者も自分は病人じゃないと思ってしまう。精神疾患の一つだという認識を共有する必要があります。その前提で、裁判で治療命令を出すなど、司法制度も変わっていってほしい」

SNSが生み出す新たなタイプのストーカーたち

近年、SNSでやり取りはしたが面識もない相手からストーキングをされているという相談や、中高生のストーカー案件が増えたという。今後、SNSが浸透する学校現場でのストーカー教育が必要だと小早川さんは指摘する。「ストーカー事件が起きた時、教師がしっかり対応できるようになる必要がありますし、生徒たちがストーカーにならないように、ケーススタディーでストーカー行為を疑似体験させるなどの活動を考えるべきです」

警察庁によれば、警察に寄せられたストーカー被害の相談件数は12年から18年まで6年連続で2万件を超えた。

「SNS全盛の今、ストーカー事件は今後も増えていくでしょう。加害者が『リスク』から『ポイズン』になるまでの過程も速まっている印象があります」と小早川さんは言う。「早急に条件反射制御法による治療を普及させていきたい。世界に先駆けた画期的な治療法ですから」





/////
「条件反射制御法」がストーカー治療にも適用できると断言した。

「条件反射制御法」



/////

ヒトの行動原理と条件反射制御法

独立行政法人国立病院機構 下総精神医療センター
薬物依存治療部長 平井 愼二

Ⅰ.進化と反射とヒトの行動原理

1.動物もヒトももつ第一信号系
 約38億年前に生物が誕生し、自己保存と遺伝が始まった。生物に特有のこれらの現象は防御、栄養摂取(摂食)、生殖により成立する。環境とのやりとりの中でそれらの活動を反復し、進化し、動物が生まれた。 
 動物の行動は神経活動による。神経活動は、感覚器において環境からの刺激を受け、信号に変え、中枢に伝え、中枢の作用を行い、中枢からの信号を効果器に送り、そこから反応が生じる現象を作る。また、そのように入力としての刺激と出力としての反応で特徴づけられる現象は反射 1)と呼ばれ、反射の連鎖的な作動で行動が生じる。 
 動物がある行動により、防御、摂食、生殖のいずれかに成功し、後に、同じ状況においてその成功した行動を再現する傾向をもてば、並びに、ある行動により、防御、摂食、生殖のいずれかにも不成功に終わり、後に、同じ状況においてその不成功に終わった行動は再現しない傾向をもてば、その動物は生き残り、存続しやすい。自然淘汰により、その傾向は強まり、成功時に脳内に生じる効果と後にその結果に従って生じる現象になった。つまり、現生の動物においては、防御、摂食、生殖に成功したときに生理的報酬と呼ぶべき効果が生じ、その効果は、それが生じる前の行動を司った反射を定着させる。定着した反射は、後に、生理的報酬が生じる前の環境から刺激を受けると、再現する。 
 また、動物は新たな環境に生息域を広げ、そこでは過去に受けた刺激と新たな刺激が初めての時間間隔と順序で生じる。動物はそれらに対して、まずはすでにもつ反射が新たな順序で作動して、行動が生じる。その行動により防御、摂食、生殖のいずれかに成功すると生理的報酬を獲得し、新たな反射の連続が、再現しやすい形で動物の脳に定着する方向に働く。その行動の反復により、新たな環境から刺激を受けた際に、その環境の中での重要な反応が、当初と比較してより早く生じるなどして、環境により適応した反射連鎖に変化する。従って、連鎖を構成する一部の単独の反射自体も変化しているのであり、新たな反射が成立しているのである。 
 そのように新たな環境において生理的報酬を獲得する行動は、適応行動であり、反復し、反射連鎖は強化される。逆に、その行動が終末に生理的報酬を獲得しなければ、その新たな環境に対する不適応行動であり、その反射連鎖は定着せず、あるいは、抑制され、消えていく。 
 さらに、各世代で獲得して定着した反射は次世代にわずかずつ遺伝する 2)。つまり、ある動物種が新たな環境に入り、その動物種と環境の関係が多くの世代を超えて長期に変化しないとき、早い世代では生後に獲得していた適応行動は、遠く離れた後の世代では生まれ持った遺伝子から発現する本能行動になる。従って、本能行動は前世代までの適応行動の累積である。 
 ここまで示したように動物は行動を環境に適応させながらそれに対応して形状も変化し、進化が生じる。その進化の過程で行動の中枢となり、進化の現象を支えている神経系をパヴロフは第一信号系と名付けた 3)。この系は、本来は過去に防御、摂食、生殖に成功した行動を獲得し、生じさせるものであり、ヒトを除く動物はこの第一信号系のみをもち、まとまった行動をする。

2.ヒトのみがもつ第二信号系
 数百万年前までに、一部の動物が徐々に立ち上がり、二足で歩行するようになり、手を使った作業を目前で視認しながら行い、失敗を重ね、成功に至ることを反復した。その失敗の反復と終末の成功の現象を把握し、制御する中枢としての神経系が生じ、発達した。その中枢をパヴロフは第二信号系と名付けた 3)。 
 つまり、ヒトは他の動物と同様に第一信号系をもち、さらに、ヒトのみがもつ第二信号系をもち、従って、二つの中枢をもつ。それらの中枢は、メカニズムが次のように大きく異なり、対照的であり、各系が相当な程度に独立して機能する。 
 第一信号系は、無意識的に、刺激を受ければ対応する反応により、自律神経、気分、動作の全てを直接的に司り、過去に生理的報酬を獲得した定型的な行動を再現する作用を生じる。 
 一方、第二信号系は、意識的に、現状を評価し、将来を計画し、結果を予測し、実行を決断し、出力として、直接的に動作を司る。その思考と動作は自律神経と気分を司る反射を刺激して、対応する状態が生じながら、行動を牽引しようとする。

3.健常なヒトの行動
 ヒトの社会にはアルコールやニコチン、覚醒剤等があり、それらの摂取を反復する現象がある。また、第二信号系の機能の1つである評価によりなんらかの行動により目標を達成したと把握し、それを反復すれば、その行動に習熟し、精度が高まる。従って、ヒトが生理的報酬を獲得するのは、防御、摂食、生殖の成功に加え、生理的報酬を作用としてもつ物質の摂取、ならびに第二信号系による目標達成の把握にもよる。つまり、ヒトの第一信号系の反射連鎖には防御、摂食、生殖等が終末にある行動、並びに生理的報酬を生じる薬理効果をもつ物質の摂取が終末にある行動、反復された目標を達成した行動を司るものがある。 
 それらの反射連鎖を健常なヒトももつので、ときに本能行動や物質を取る行動が過度に生じること、あるいは反復した日常業務の動作を不注意に確認せず行い、失敗が生じること等がある。なぜならば、礼節が保たれ、目標をもち、計画的に行動しているヒトも進化の現象の一部として生まれ、進化を支えているからである。つまり、第二信号系による計画の外で、第一信号系は環境からの刺激に応じて反射を作動させ、設定を更新する現象が無意識的に生じており、その現象から逃れられない。従って、第一信号系による軽微な過作動(過剰な作動)は生じるものなのである。しかし、多くの場合、第二信号系が第一信号系を状況に応じて制御し、社会的に大きな逸脱をせず、行動している。

4.反復する逸脱した行動
 ところが、社会的に逸脱した行動を反復して行い、本人もそれをやめたいと思い、やめる決意をもっているのに、その行動が生じる現象がある。これは第一信号系の特定の反射連鎖が強化され、強く作動することに基づく。また、第一信号系に抵抗して、第二信号系が動作を司ろうとする強さにもより、その抵抗の程度は、主体の種々の要素が関係する。しかし、少なくないケースで、第二信号系よりも第一信号系の特定の反射連鎖がはるかに強くなり、逸脱行動が反復する状態にまで強化される。 
 なぜならば、第一信号系は38億年前の生物発生に起源をもち、10億年とも言われる動物の歴史を通じて、遠くは天体からの、近くは体内からの刺激に反応して、動物種全体の進化を支えてきた系であるからである。一方、第二信号系は数百万年前にヒトがもつようになり、自分を中心として、考えが及ぶ関係者、関係事象の未来における状態を良好にするために機能する系である。従って、第一信号系による特定の行動が頻回に生じ、強く作動するように成長しているときは、それぞれの系の重要性を比較すると、第一信号系が第二信号系に優ることは自然である 4)。 
 そのようにして生じる逸脱行動の代表的なものとしては薬物乱用がある。他には、反応性抑うつ、PTSD、パニック、リストカット、放火、病的窃盗、病的賭博、摂食障害、盗撮、下着泥棒、露出症、痴漢、ストーカー、過度の喫煙、過度の飲酒、ヒューマンエラー等がある。

Ⅱ.条件反射制御法

条件反射制御法は逸脱行動を生じさせる欲求あるいは衝動を低減させることには強力な効果をもつ。残る問題には他の方法で対応する必要がある。

1.条件反射制御法の基本
 条件反射制御法は第一信号系に働きかけて、一旦はやめると決意した行動や望まないが生じていた神経活動を制御可能にするものである。大きくは次の二つの作業に分かれる。

1)制御刺激の設定と利用 
 第一法は、任意の刺激を設け、その信号を作動させた後には標的とする行動をとらない事実を作ることを意識的に反復するものである。
 任意の刺激は、閉鎖病棟や刑務所等で開眼したまま例えば「私は、今、覚醒剤はやれない、大丈夫」と言いながら、胸に手を当て、離して拳を作り、その後、親指を拳に握り込む等の簡単で自然で、しかし、自分には特殊な動作が適切である(写真1参照)。意識的に前記の任意の刺激を作ることは、まずは標的行動を意識することであり、従って、それが刺激になって標的行動を司る神経活動の一部が開始される。また、同時に任意の動作および言葉からの刺激を大脳に受け、この後、標的行動をとらない時間を作る。当初は、この任意の動作および言葉を作動させると、標的行動を作る反射連鎖は限定的に作動するが、生理的報酬を必ず獲得しないので、任意の動作および言葉の後に生じる標的行動を促進する反射連鎖の一部は進化を支えない現象となり、それを反復する。この反復により任意の動作および言葉の後に生じた標的行動を促進する反射連鎖は抑制を受け、従って、任意の動作と言葉の刺激は、後には、標的行動のない時間を始める刺激として成立する。つまり、標的行動への欲求が生じても、意識的にその任意の動作と言葉を作動させれば、それは制御刺激として作用し、標的行動を司る反射連鎖は第一信号系内で制止を受け、欲求は数秒で消え去る。
 また、開眼してこの制御刺激を反復するので、視認したものが標的行動を促進しないものに変化してゆく。多くの場所で制御刺激を行うことにより、生活空間を安全な場所に変えられる。
 さらに特定の行動に対する制御刺激が十分な効果を持ち始めたときには、他の逸脱行動を生じさせる衝動を消す可能性をもつ。なぜならば、行動は方向と駆動により成立するものであり、特定の行動に対して効果を十分にもつ制御刺激は特定の方向を構成する反射と他の行動にも共通する駆動を構成する反射の両方をとめる効果をもつと考えられる。  

【写真1】
制御刺激の設定と利用

2)終末に生理的報酬がない設定での標的行動の意識的反復
 第二法は、意識的に標的行動を促進する反射連鎖を作動させ、しかし、終末に生理的報酬を獲得しないことを反復するものである。生理的報酬がない神経活動は進化を支えず、生物種に必要がないだけでなく、生理的報酬がない行動の再現はエネルギーの無駄使いであり負担になることから、生理的報酬を獲得しない行動を司る反射連鎖は抑制を受ける。従って、この作業の反復により標的行動を司る後天的反射連鎖の作動性は低減する。この第二法は、望まない行動の疑似、想像、描写文とそれを読むことにより行う。
 静脈注射の疑似に使う道具や処方薬過量摂取の疑似に使う製品、万引きの真似をする部屋、痴漢の真似の対象になるマネキン、パチンコ・スロットの真似をする部屋を次に記す。

【写真2】
疑似体験
疑似静脈注射の動画
【写真2】内の「① 覚醒剤接種動作を行う疑似静脈注射キット(ニプロ株式会社作製)」を使って疑似静脈注射をしている動画が見られます。 
・ダウンロード(1.26MB ※拡張子.wmv) 
・ストリーミング(760KB ※拡張子.mp4) 
※注意事項※ 
・薬物を静脈注射で乱用していた方は欲求を生じることがありますので見ることを勧めません。 
・薬物を静脈注射で乱用したことがあっても、すでに条件反射制御法を受け、維持作業を続けている方、並びに薬物を静脈注射で乱用したことのない方はどうぞご覧下さい。


3)条件反射制御法の維持作業 
 地球が1年かけて太陽の周りを公転する軸と地球が1日かけて自転する軸は23.4度ずれており、そのために、地球には季節がある。 
 ある季節において防御、摂食、生殖のいずれかに成功した行動は生理的報酬を獲得し、強化され活発に反復される。 
 季節の移ろいに従い、後には同じ刺激があり、同じ行動が反応して生じても、状況が変化しており、行動に成功せず、生理的報酬を獲得せず、その行動を司る反射連鎖は抑制される。 
 さらに季節が移ろい、元の季節に生理的報酬を獲得した行動を司った反射は抑制された後、過去にそれを作動させた刺激も無くなり、完全に放置される。この放置された期間に、元の季節に生理的報酬を獲得した行動を司った反射が回復する個体と回復しない個体があるとすれば、回復する個体が、季節が移ろい、元の季節になったときに、早く、元の季節に生理的報酬の獲得に成功した行動を司った反射が作動する。自然淘汰により、そのような特性をもつ動物が生き残ってきた。 
 つまり、条件反射制御法で制御刺激、疑似、想像のステージを通じて、第二信号系の作用に反して生じる逸脱行動を司る反射連鎖が抑制されても、刺激を与えず、放置すれば、回復し、後に、刺激があれば、生じる。 
 従って、安定した生活を安全に送るために、制御刺激、疑似、想像の作業を頻度を減らして、継続的に行うことが必要である。

2.望まない行動が再現するヒトに対する働きかけ
 覚醒剤摂取等の望まない行動が再現するヒトはその行動が条件づけられており、それに対する働きかけは必須である。その他に社会性(就労能力や対人関係能力)の低下あるいは精神病症状等を併せ持つことがあり、必要に応じてこれらへの働きかけが求められる。 
 望まない行動を司る第一信号系の反射連鎖の過作動には条件反射制御法が対応する。この技法で標的行動を司る反射連鎖が抑制されても、同じ行動を第二信号系反射網(思考)が実行できる。従って、第二信号系反射網に対しても働きかけることが必要であり、標的行動が違法行為であれば法による抑止力を設定することが効果的である。 
 社会性の低下がある者は、生活の中に生じる軽微な問題でさえ解決できず、その者に大きなストレスになる。ストレスは個体を死滅させる方向に、つまり進化を妨げる方向に働く。これに対して、個体の第一信号系は進化を支える方向に動き始め、過去に反復した生理的報酬の獲得に成功した行動を司る反射連鎖は作動開始の閾値が低いため、その反射連鎖が作動しがちである。つまり、逸脱行動を生じさせる衝動が生じる。従って、社会性の低下がある者には、その問題に対応することが求められる。それには、専門家により構成された回復支援のプログラムあるいは自助的な生活訓練が効果的である。 
 逸脱行動の反復はこれまで治癒はないとする意見があった。しかし、これまでの治療法を必要に応じて用い、条件反射制御法を根幹の問題である衝動の高まりに対して用いることにより、逸脱行動の反復は完治を望める疾病になった。

【参考文献】
1)パヴロフ:大脳半球の働きについて(上)第一講、第二講(川村浩訳)/岩波文庫 第6刷 2004
2)ペトロシェフスキー:パヴロフ生理学(船橋一雄訳)/岩崎書店 1952 p117
3)柘植秀臣:条件反射とはなにか ―パヴロフ学説入門―ブルーバックス/講談社 第4刷 1982 p135
4)平井愼二:条件反射制御法-物質使用障害に治癒をもたらす必須の技法-/遠見書房 2015 p59

/////